最近の医療安全に求められる視点と 病院における安全管理の実践

医療法人社団愛友会 上尾中央総合病院
情報管理部 医療安全管理課 渡邉幸子 先生

日本における医療安全の歴史
日本における現在の医療安全の取り組みは、1999年に発生した患者取違え事故に端を発する。この事故をきっかけに医療事故が社会問題となり、連日、様々な医療事故が新聞、テレビで報道された。消毒薬誤注事故(消毒液と血液凝固阻止剤との取違え)、人工呼吸器の加湿器への消毒薬(エタノール)誤注入、静脈内への内服薬誤注入事故などがその代表的事例であり、いずれも患者が死亡するという最悪の結果となった。
ちょうど同じ頃、米国医学研究所が『To Err is human』という報告書を発表。人は誰でも間違いを犯すということを認識し、事故を防ぐためには、個人の努力だけでなく組織として取り組む必要性を示唆する内容であった。これを機に、「医療事故はあってはならないもの」から「医療事故は起こりうるもの」と大きく認識が変わったのである。当初、事故防止対策として最も有効と考えられたのがFool Proof(医療においてはError Proof)であり、利用者が誤った操作をしても危険にさらされることがないよう設計の段階で安全対策を施しておくことが求められ、その考え方を取り入れた製品開発やシステム開発が広く行われてきた。それにより、ヒューマンファクターに起因する悲劇的事故は確かに減少し、重大事故も減少してきたかに思えた。

最近の医療安全に求められる視点
組織として患者安全に取組むため、どの病院にも医療安全対策委員会が設置され、専従(または専任)の医療安全管理者を中心とした患者安全の推進が今や当たり前の時代となっている。ヒューマンファクター対策として、Error Proofの考え方を取り入れたシステムや製品開発が進んだ一方で、その弊害も表出されるようになってきた。安全確保を目的とした過度の制限は、人の思考・判断能力を低下させた結果、医療の質低下を招くこととなった。またどんなに対策をとっても、ヒューマンエラーはなくならなかった。それを前提としたうえで、ヒューマンファクターによって引き起こされる重大事故(死亡など)を防ぐことに注力しようという動きが強くなってきた。

レジリエンス、ノンテクニカルスキル
医療安全において最近注目されているのがレジリエンスというもので、弾力性、復元力、回復力の優れた状態を指す概念を指すとされている。リスクマネジメントにおいては「複雑かつ変化していく環境に対する組織の適応能力」と定義されている。1999年以降、様々な事故防止対策が構築され、手順やシステムが整備された。整備されたシステムの中で手順通りにやっていても、予期せぬ事態が発生するのが医療である。そういった状況においても患者の安全を確保し、無事に完遂させるには組織としてのレジリエンスを発揮しなければならない。そのためには、プロセスに関わる人達のノンテクニカルスキルが必須となる。
職種における専門知識や専門技術をテクニカルスキルと呼ぶのに対し、職種を超えた一般技能、安全確保のための技能がノンテクニカルスキルである。状況認識、コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップなどといったチーム医療における安全や質の確保に不可欠なスキルである。
最近の医療事故の傾向として、高度な医療技術や医療知識の低下によって起こっているものはむしろ少なく、状況判断、コミュニケーションや連携(チームワーク)不足といった、ノンテクニカルスキルの低下によるもののほうが多い。医療事故防止のために、個々のノンテクニカルスキルを養い、チームとしてのレジリエンス力を高めることが求められているのである。

LIMS履修生に期待すること
近年、特に医療の高度化・複雑化が進み、患者の超高齢化による医療の需要も増加する中、医療事故を発生させないために、我々医療従事者は日々努力している。しかしながら、『To Err is human』にあるように人は誰でも間違えるものである。どんなに手順をしっかり作ったところで、漏れや見間違い、思い込みはなくならない。しかし、医療事故が起こってしまえばそのようなことは言い訳にならない。
医療安全管理者としての経験の中で、医薬品や医療機器、医療材料、介護用品、設備・環境などが関連する事故を多く目にしてきた。そのたびに、これらの製品がもっと事故の起こりにくい設計、形状、デザイン、表示だったらと思う。LIMS履修生の皆さんには是非、医療の現場をもっと知っていただき、我々医療者の声に耳を傾け、生の声、要望を聞き、それらを製品開発に取り入れてほしい。どうしたら、事故が起こらないか、どんな設計であれば間違いが起こりにくいかという、ユーザー目線に立って考えて欲しい。事故が起こったという情報があれば、なぜ事故が起こったのか、原因は何かを直ちに分析し、再発防止に向けた改良を実践していただきたい。利便性やデザイン性よりも優先されるものは、『患者の安全』である。
『患者安全』という共通の目的を持つことで、医工連携をさらに深めることができると思う。LIMS履修生が今度の医療を支える人材として、活躍していただくことを強く願う。