NPO法人 支えあう会「α」(がん患者会)副理事長
野田 真由美 様
私は、乳がんの経験者です。治療を終えてから長い年月が経ちましたが、がんと告げられた日のことは忘れることができません。あの日から私は、自分自身に「がん患者」というレッテルを貼って生きてきたように思います。最近では、治療中の人や治療を終えた人も含め、がんを経験した人を「がんサバイバー」と呼ぶことが増えてきましたが、がんが完治できる病となったとき、がん患者という意識のレッテルも、がんサバイバーという呼び方も必要としなくなる。そんな未来であってくれたらと願うばかりです。
40歳の時、私は乳がんと診断されました。年を取ればいつかは、と漠然と思ってはいたものの、それはもう少し先のことと思っていました。告知を受けた時は、「非常に早期のがん」という医師の言葉も耳に入らず、自分の存在そのものがこの世から消えてしまうかもしれないという恐怖が体の底から湧きあがってきたことを今でも覚えています。治療は、乳房の全摘手術とホルモン療法を選択しました。乳房をすべて摘出しがんの広がりがどれくらいのものかを確実に見極めたかったからです。しかし、驚いたことに、その摘出した乳房からがん細胞は発見できませんでした。つまり、診断をつけるために受けた生検でがんはすべて取り切れていたということになります。もし、手術前にがんの広がりを確実に見極めるような検査があれば、私は乳房を失うことはなかったかもしれませんが、当時の私にとっては、ベストな選択肢だったと今でも思っています。
がんの医療は、ここ10年で大きく進歩しました。私の父は、私が乳がんの手術を受けた直後に膵がんが見つかり、約1年の闘病を経て68歳で旅立ちました。当時は、進行した膵がんと診断された父が受けられる治療はほとんどなく、ただただ見守ることしかできませんでした。患者会の活動やイベントに、膵がんや肺がんの患者さん自身が活動に参加されることも珍しいことでした。ところが、最近では、薬物治療で病勢を年単位でコントロールしながら、膵がんや肺がんの治療中の患者さんが多く患者会にも参加されるようになっています。また、支持療法や精神腫瘍領域などの医療の充実が患者の闘病を支えQOLは大きく改善していることを実感しています。しかし、例えば早期がんであっても、治療によって臓器や機能を失うことは避けられないことが多くあります。がんは消えても失ったものを取り戻すことはできません。以前とは変わってしまった自分の体と付き合っていく困難を多くのサバイバーが抱えています。また、進行がんや再発したがんでは、治療の目標は「治す」ことではなく、また、治療の選択肢も大きく狭められています。Stage 4の進行がんであっても幅広い治療の選択肢があり、適切な治療を受ければ確実に治る、そういった革新的な医療を私たちは待ち続けています。そして、願わくば、体と心にやさしい医療技術の開発が進むことを希望しています。
私は患者会の副理事長であるとともに、10年ほど前から千葉県がんセンターがん相談支援センターでがん相談員として働いています。がんと診断され、真っ暗闇な海に投げ出されたような思いを抱えた患者さんやご家族の相談にのることが仕事です。かつて自分がそうだったように、がんと診断された方やそのご家族は様々な悩みや問題に直面します。治療に関すること、家族のこと、お金のこと、仕事のこと、そして医師との信頼関係など、その悩みは多岐にわたります。患者さんやご家族の抱える問題整理や情報の取捨選択のお手伝いをしながら、サバイバーとしての視点、つまりは当事者の視点を忘れずにお話をうかがうことを心掛けています。
がん医療においては、「チーム医療」がキーワードのひとつとなっています。外科医、腫瘍内科医、放射線医、精神腫瘍科医、緩和医療医、薬剤師、看護師臨床心理士などがチームとなって患者や家族に最適な医療を提供していくことが望まれています。しかしながら、がんという病は、患者自身の人生観や価値観が治療選択に大きく関わってくる病気です。患者自身もチーム医療の一員として自らの病について正しい知識を身に着け積極的に医療者とのコミュニケーションがとれる力(患者力)を養っていくことが必要となっています。患者会や、がんサロンと呼ばれる患者さんやご家族の交流の場などが、そうした力を培っていく場のひとつとなればと思います。
この度、京都大学のLIMS外部評価委員を拝命し光栄に存じます。患者・家族の目線でLIMSの活動を評価させていただければと思っています。LIMSは、将来の医用工学の発展を指向し、医学、薬学、工学、経営学といった大学院研究科横断的な医療リーダー育成プログラムだとお聞きしておりますが、チーム医療がそうであるように、LIMSも多様性のある医用工学連携チームとして、異文化同士の融合から生まれるアイデアや技術が、患者ニーズに応えられる画期的な医療イノベーションを引き起こしていくことを期待しています。いつか私たちが「がん患者」「がんサバイバー」というレッテルを返上し、がんは過去に経験した病気のひとつと思える日がくることを願います。