難治性や再生が困難な組織の再生医療とリハビリテーション

京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻
リハビリテーション科学コース 理学療法学講座 運動機能開発学分野

青山朋樹 准教授

細胞や組織移植などの再生医療治療の後にリハビリテーション (rehabilitation) を行う。それはだれでもがイメージできることと思います。手術などの治療の後に手術で受けた傷や体力の回復、脳梗塞に対して薬で治療した後にリハビリテーションを行うという事は通常の治療でも行われていることです。ですが、再生医療で移植や輸注された細胞や組織の定着を促し、機能を付加し、その治療に相加、相乗効果をもたらすと考えるとリハビリテーションの意味は少し変わってきます。もともと rehabilitation の語源は re = 再び、habilitus = 適した状態にするという意味です。これに対して再生医学 (regenerative medicine) の regenerative は re = 再び、generation = 生産するという意味で、これらの目的としていることは同じ方向を指しております。これまではregenerative medicine が対象にしている事象は分子~細胞~器官であるのに対して、rehabilitation は器官~個体~社会という事象次元の違いがありました。しかし最近の報告では身体に運動刺激を加えることで、筋肉や骨からさまざまなサイトカインが放出され、運動器だけでなく神経系、感覚器系、消化器系などにも働くことがわかってきました。このことはいままでは事象の次元が異なる階層に存在し、交わることがなかった両者が協調する可能性が示されたと考えることができます。

例えば、関節軟骨は解剖学者の William Hunter が 1744 年に「一度傷がつくと決して回復しない組織」と述べ、教科書においてもそのように記載されており、再生が困難な組織と考えられてきました。しかしながら幹細胞生物学や tissue engineering の技術の発展により、体外で関節軟骨様組織が作られるようになり、トレッドミルエクササイズや超音波などで体内刺激を加えることで関節軟骨の再生は促される事がわかってきました。これらの結果はこれまでに難治性であった関節軟骨傷害に対して、その治療を大きく前進させる結果であると共に、新たな治療戦略を立案するうえで重要なポイントになります。末梢神経は至適条件を整えることができれば、旺盛な再生能力を示す組織ではありますが、この至適条件の設定が難しく、これまで開発されてきた人工神経はあまり良好な効果を示すことはできませんでした。その理由の一つとして単に人工物だけで作成した人工神経では生体の持つ再生能力を引き出せないということが挙げられます。そこでRegenova(株式会社サイフューズ社)という三次元プリンタを用いて、線維芽細胞だけで三次元導管と呼ばれる筒状の組織を作成しました。神経断端同士をこの三次元導管で縫合架橋するとその筒状組織の中に再生軸索が伸張してきて良好な神経再生が促されることが明らかになりました。この三次元導管のコンセプトは神経再生が行われる際に伸張してくる再生軸索が通りやすい筒状の空間提供と筒を構成する細胞から放出される神経再生誘導因子の提供です。このように再生能力を引き出す環境条件を整えることで、特に複雑な投薬や特別な細胞を用いなくても生体内で組織再生を促すことは可能です。もちろんこの三次元神経導管を移植した後に、電気刺激や神経筋促通、感覚刺激などリハビリテーションで行われている技術を加えることで神経再生はさらに向上すると考えられます。

従来は医工連携は工学技術を医療の補助手段や医療を便利にするために提供するという目的で、互いの技術効果に対して相乗的に働くということはなかったと思います。それぞれが高度な技術を持ちつつも、目的を別次元で考えていたことから、それぞれの開発品を単に連結したものであったからではないでしょうか?京都大学 Leaders for Integrated Medical System (LIMS) プログラムでは医学と工学、薬学といった、これまでセクションによって隔てられていた分野が学際的に出会う場所を提供してくれました。単に技術的な融合だけでなく概念や目標の融合なども、違う分野を出身とした学生同士が議論することで引き起こされることが期待できます。
ちなみに LIMS の名称を構成している言葉 “integration” はリハビリテーションが最大の目的としている”社会統合“という言葉と同じです。是非学際的な視点から新たな価値を創造してくれることを期待しております。

第3回 医療工学特別講演会を開催しました

平成29年11月21日(火) 15:00~17:00 に医学研究科基礎医学記念講堂にて第3回医療工学特別講演会が行われ、履修生含め約45名の学生、スタッフが参加しました。

参加した履修生を代表して、L2履修生 前田信太郎さんによる当日の様子を含めた報告を掲載させていただきます。当日ご講演いただいた山川みやえ先生はじめ、ご参加いただいた方々にはこの場をお借りして厚くお礼申し上げます。

2017年11月21日LIMS 医療工学特別講演会と題して、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻より山川みやえ先生をお招きして「認知症ケアから極める超高齢社会への看護学の社会実装」について講演していただいた。山川先生は公益財団法人浅香山病院にて実際に認知症患者と触れ合い、日々どのように彼らを看護するべきか研究されている。その経験に基づいて、前半では超高齢社会への変遷とともに増加している認知症患者のためにはどのような看護が求められているのか、また IoT や AI などの新しい技術を利用した新たな看護の形、我々 LIMS 履修生や工学研究者の方への期待などをお話いただいた。後半では Inochi Gakusei Forum 2017 で認知症の課題解決をテーマに学生たちが考えた solution 例や、認知症患者の立場になって考えるために行われている認知症体験 VR について紹介していただいた。

今回の講演を受け、認知症患者のために本当に求められている看護、技術とは何か考えた。”一度発達した知能が、脳の部位が変化することにより広範囲で継続的に低下した状態” である認知症は患者一人一人症状が異なる。そんな認知症患者に対する医療の形として講演中に登場したEvidence-based practice(EBP) には感銘を受けた。EBP とは研究による evidence、実際に看護、介護、以上に臨床的に携わる専門職の知識やノウハウ、患者個人の体験や嗜好、その他入手可能な情報を包括的に鑑みた上でチーム内(治療を行うもの、患者、家族等)で意思決定を共有し、患者に最も則した治療、介護を実践することである。私は臨床検査技師の資格を有するので、検査技師としてこの EBP にどのような形で携われるか考えた。それは生理機能検査(睡眠、心肺機能、脳機能等)を実施する際の患者の精神状態をチーム内で共有することである。これは長いスパンで患者を見ていく上でどのような検査結果の時に認知症の症状が出やすいのか推測するために有用であると考える。

また講演の後半で紹介していただいた Inochi Gakusei Forum 2017 での高校生たちの発表の中で実際に認知症患者を家族に有するグループの制作の過程には考えさせられるものがあった。認知症患者の繰り返し同じことを話してくる状態に対する解決法として、同じ内容を話した数だけカウントしポイントとして貯めることができ、貯めたポイントに応じて商品券と交換できるというアイデアを提案した。第三者の視点から考えると認知症の症状をカウントしてポイントとして利用するのは倫理的にどうなのかと思うが、当事者からすればこれで認知症患者の家族の相手をするストレスが軽減されるのなら、それで良いとそのチームは反論したのである(最終的には別のアイデアを提出したとのことだった)。この時、何事にも当事者意識が必要であると考えさせられた。認知症患者の立場になることも、認知症患者の家族の立場になることも認知症患者の看護、介護に当たる上で重要なことである。我々LIMS履修生が医療現場に本当に必要なものを考え出す上で必要な考え方を学んだように感じる。